モダン開発経験がない、をどう補うか——転職前90日の現実解

「うちはずっとウォーターフォールで、アジャイルの経験がないんです」
SIer出身の方から最も多く聞く不安のひとつです。面談でこの言葉が出るとき、皆さん少し声のトーンが下がる。「モダン開発経験なし」が、応募ボタンを押せない理由になってしまっている。
まず申し上げたいのは、これを理由に応募を諦める必要はないということです。ただし、誤解がないように申し上げると、何もしなくていいという意味ではありません。補い方には明確な優先順位があります。そして僕の見立てでは、多くの方がその優先順位を逆から積んでいる。今日は転職前の90日で何をどの順番でやるべきか、という現実解の話です。
0. まず「モダン開発経験」を分解する
そもそも面接官が確かめたい「モダン開発への適応力」とは何か。分解すると3層あると考えています。
- 思想の理解:なぜ反復で作るのか。不確実性への向き合い方の違いを理解しているか
- 手続きの知識:スクラムの役割・イベント・作法を知っているか
- AIを含む道具の感覚:2026年の開発現場を実際に動かしている道具を、自分の手で触っているか
多くの方は2(手続き)から埋めようとします。研修を受け、資格を調べ、用語を覚える。ですが僕の体感値で言うと、面接で差がつくのは1と3です。手続きは入社後に覚えられますが、思想と道具の感覚は「その人の現在地」として見られるからです。
1. 最優先:生成AIを業務に組み込む(これが一番効く)
意外に思われるかもしれませんが、2026年の面接でアジャイル経験の不足より厳しく見られるのは、AI活用の解像度です。そしてここは、今の職場がウォーターフォールでも今日から埋められます。
- 要件整理・議事録・設計書のレビューに生成AIを組み込み、「何をAIに任せ、何を人が判断したか」を言えるようにする
- 小さくてよいので、AIを使って自分でプロトタイプを作ってみる(いわゆるバイブコーディング)。PMが動くものを自分で作れる時代になったこと自体を体感しておく
これどういうことかと言うと、いま企業側が本当に恐れているのは「ウォーターフォールの人」ではなく「仕事の進め方をアップデートしない人」なのです。ソフトウェアエンジニアの求人が世界平均で数年前から半減した、というIndeedのデータを引くまでもなく、開発の景色はAIで根本から変わりつつある。その中で「AIで自分の業務をこう変えました」と具体的に語れるSIer PMは、アジャイル経験の有無を軽く越えて評価されます。これは僕の体感値ですが、確信に近いものがあります。
身近な例で言うと、料理人の面接で「ガスコンロしか使ったことがありません」は問題になりません。問題になるのは「新しい調理器具に興味がありません」という姿勢のほうです。ウォーターフォールは前者、AI非活用は後者に見える——この違いです。
2. 次点:スクラムを「知識+擬似経験」まで持っていく
その上で、スクラムの知識も最低限は必要です。ここは効率よく。
- スクラムガイド(無料・短い)を読み込み、自分のWF案件を「もしスクラムでやるなら」で再設計してみる。この思考実験が一番の擬似経験になります。「あの18ヶ月の案件をスプリントで切るなら、最初の2週間で何を検証すべきだったか」を自分の案件で語れると、経験者の会話に混ざれます
- 認定資格(CSM等)は「本気度の証明」にはなるが、それ単体で通るものではない。優先度は中
- 現職の中で反復に近い要素——保守運用の改善サイクル、段階リリース、月次の機能追加——を探して「反復開発に近い経験」として言語化する。ゼロから作らなくても、読み替えられる原体験はたいてい既にあります
3. やらなくていいこと
逆に、90日でやらなくていいことも明確にしておきます。率直に言うと、30代後半以降の方がゼロからプログラミングスクールに通って「エンジニアとしての実装力」を身につけようとするのは、多くの場合、投資対効果が合いません。
求められているのは実装者になることではなく、技術的な議論についていける理解とAIで自分の手を動かせる感覚です。ここを混同すると90日を浪費します。皮肉なことに、実装力そのものはAIによって一番速く民主化されている能力です。スクールで半年かけて書けるようになるコードを、AIは既に書きます。あなたが積むべきは、その出力の良し悪しを業務文脈で判断する側の経験です。
4. そもそも、ウォーターフォールは恥ではない
誤解がないように申し上げると、大規模基幹系を計画どおり完遂する規律は、アジャイルの現場にこそ不足している能力です。要件が曖昧なまま走って崩壊するプロジェクトを、計画と合意形成の力で立て直せる人材は希少です。ITコンサル・PMO・エンタープライズ向けプロダクトでは、WFの完遂力はそのまま武器になります。
だから目指す姿は「WFを捨ててアジャイルの人になる」ではありません。「WFを完遂でき、反復型も理解し、AIを使える」という三点セットに仕立てることです。三つ揃った人材は、僕の感覚では市場にほとんどいません。3つの掛け算で100人に1人の希少価値になる、というのが僕の持論ですが、この三点セットはまさにその実例です。
5. 90日の進め方の実例——ある50歳PMの場合
実例をひとつ。面談でお会いした50歳・2次請けSIerのPMの方は、「アジャイルもAIも、正直、何から触ればいいのか分からない」という状態からのスタートでした。この方と設計した90日は、こういう中身でした。
最初の1ヶ月は、現職の議事録と課題管理表の下書きを生成AIに任せることだけに絞る。道具に慣れるのが目的なので、欲張らない。2ヶ月目に、自分の過去案件の要件定義書をAIに読ませて「この要件の曖昧な箇所を指摘させる」使い方に進む——ここで初めて「AIに仕事のどこを任せられて、どこは任せられないか」の実感が生まれます。3ヶ月目に、スクラムガイドを読んだ上で、いま保守運用でやっている月次改善サイクルを「実質的な反復開発」として職務経歴書に言語化し直す。
結果、この方の面接での一言は「アジャイル経験はありませんが、AIに要件レビューをさせて人間の判断だけ残す運用は自分で回しています」でした。面接官の反応が変わったのは、言うまでもありません。かかった費用はほぼゼロ、使ったのは平日の朝30分です。
何を申し上げたいかと言うと、90日は「学習期間」ではなく「現職を実験場に変える期間」だということです。教材の中にモダン開発はありません。あなたの目の前の業務の中にあります。
6. 面接での「不足の語り方」テンプレート
最後に、経験不足を面接でどう語るかの型を置いておきます。NGは「経験はありませんが、勉強しています」。これは謙虚に見えて、受け身の宣言です。代わりにこの3文構成で語ってください。
- 事実の明示:「スクラムの実務経験はありません」——ごまかさない。ここで濁すと、あとの全部が疑われます。
- 能動の証拠:「ただ、自分のWF案件をスクラムで再設計する思考実験と、生成AIを業務に組み込む実験は、現職で既にやっています」
- 差し出す価値:「逆に、御社に不足しがちな大規模案件の完遂の規律は、私が持ち込めます」
不足を認め、能動を示し、交換条件を出す。これは商談の基本形と同じです。長年顧客と向き合ってきた皆さまにとって、実はいちばん得意な話法のはずです。
7. よくいただく質問
Q. 90日も待たず、すぐ応募したい場合は?
並行で構いません。むしろ「いま実験中です」と語れる状態は、完了報告より生々しくて強いことがあります。「先月から議事録をAIに任せ始めて、ここで失敗しました」という進行形の話は、暗記した用語解説の100倍、面接官に刺さります。
Q. 会社の規定で業務にAIを使えません。どうすれば?
実務でよくあるご相談です。その場合は、業務データを使わない私的な題材——自分の職務経歴書の壁打ち、過去案件を抽象化した架空要件のレビュー——で同じ筋肉を鍛えてください。そして面接では「現職はAI利用に制約があるため、個人環境で検証しています」と、制約と工夫をセットで語る。制約の中で工夫した話は、PMの適性の証明そのものです。
Q. 認定スクラムマスター(CSM)は結局、取るべきですか?
お金と2日を投じる余裕があるなら止めませんが、優先順位は本文の通り3番目以下です。資格が効くのは「知識ゼロではない」の証明まで。面接の会話で差がつくのは、資格の有無ではなく、自分の案件をスクラムで再設計してみた思考実験の深さです。同じ2日を使うなら、まず思考実験のほうに使ってください。
(結論) 90日の配分
整理します。①生成AIの業務組み込みに50%。今日から、現職の業務の中で始める。②スクラムの知識化と現職経験の読み替えに30%。ガイドを読み、自分の案件で思考実験する。③応募書類・語りの再構築に20%。三点セットの物語に書き直す。実装スクールはゼロで構いません。
最後にもう一つだけ。この90日で得た「AIに任せる/人が判断する」の線引きの感覚は、転職の成否に関係なく、この先10年のあなたの職業人生の土台になります。転職準備という締め切りを利用して、どのみち必要な筋肉を前倒しでつける——そう捉えると、90日は義務ではなく投資に変わるはずです。
経験の不足は、埋め方の設計で十分に戦えます。むしろ「不足をどう設計して埋めたか」というプロセス自体が、PMとしての課題解決力の証明になる。90日後のあなたは、「アジャイル未経験のWF人材」ではなく「開発の変化を自分の手で確かめてきたPM」として面接に座っているはずです。
皆さんいかがでしたでしょうか。自分の現在地と補うべき距離を測りたい方は、15問診断からどうぞ。では今日もがんばりましょう。
PM・PM隣接職に特化した人材紹介「PM Quest」を運営。IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等はPM Quest独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。
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